親は加齢で頑固になるか??

ゆるく生きる

なるっちゃなるよね。

 

こんばんは、るす子です。

 

今日、友人が「父親が年取るたびに意味のわからないことで頑固になるし、言うことは聞かないし、子供みたいで付き合ってられん」と大変お怒りでした。

わ、わかる~~~~。うちにもあった~~~~!
ちなみにその時期はもう終わりました。親は形態を変えてくるぞ…!

 

実はわたしの父親は結婚が遅かったので、だいたい友人らの父親よりも10歳くらい上なんですよ。
なので、親の加齢を感じる始めるのも周りより早かったんですよね。

 

で、この父の『謎の頑固期』は父も10年くらい前にありました。
なんでこんなことで頑固になるんだろう…とか、理屈が通ってない…とか、頭おかしくなったんか…。とか。
ちょうど、ふたりで暮らし始めたばかりの時くらい。

 

しかし果たして、これは父がおかしくなっていたのか、とわたしは最近思うんですよね。

あの時は、いくらファザコン娘であってもイラっとする時があったし、おいおいわたしが絶対的信頼を寄せていた父はどこへ行ってしまったんだ?なんて思ったりもしてたんですけど、もしかしたら、単純に、自分が親を切り離して物事を考えられる大人になったんじゃないかな、とも思います。

もちろん、加齢で頑固になるとかはあるんだと思うんですけど。

 

考えてみれば、成人するまで、わたしは父親は絶対だったんですよ。
なんでも出来て、優しくて、頼れる父親。
父親のすることに間違いはなくて、なんでも任せておけば大丈夫だと思ってた。

でも、時代は変わるし、考え方は変わっていく。

 

父は良くも悪くも『変わらない人』です。
若いお客さんと話すことも多いので、自分は若者のことをわかってると思いがちなんだけど、考え方はとても昭和的で、正直、今の時代には合ってない。
横文字もよくわからないし、電子機器もさっぱりで、高齢者がスマホやタブレットを使っていると「生意気なジジイだな~~!」なんて言う。その後に「俺はクソジジイだけどな~~」と続かなかったら、ちょっと説教かましたいくらい。

 

歳を重ねるにつれてどんどん『新しいこと』を取り込むことは苦手になっていくけれど、本人はまだまだ気持ちが若い上に、今まで出来ていた事が出来なくなったわけではないから、時代に少しずつ追いつけなくなっていってるのに気付けていない。
そして親の中でいつまでたっても自分の子供は『子供のまま』。
親と子が噛み合わなくなってくるギャップみたいなものって、ここに出てきてしまうんじゃないかと思うんですよね。

 

で、我々子供の方は、親よりは確実に的確な情報を入手できたり、それを精査する力が備わってきたりして、親に「これは○○だよ」と教えてあげることが増えてくる。

こうやってだんだんと、子供の頃と立場が逆転してくるのを受け入れられるか、受け入れられないか。
親の年齢になれば『新しいことを受け入れるのに時間がかかる』ことを理解できるかできないか。
そこらへんがちょっと大事なんじゃないかなぁ、と思うのです。

 

ちなみにわたしの場合は、その父の『頑固期』はわりとすぐ抜けた気がします。

そのきっかけは馬鹿みたいな話なんですけど、わたし、口癖で「ババアだから…」とよく言ってしまうんですよ。
別に同世代以上の人を皆ババアだと思ってるわけじゃないし、自虐のつもりでもないんですけど、『確実に若い頃とは違う』というニュアンスを『ババア』という3文字に込めてしまう。
ブログだから音を優先して『ババア』と書いてるけど、脳内表記では『BBA』です。どうでもいいか。

「ちょっと歩いたら疲れた~~ババアだ~~」とか「豚肉はもう食えね~~ババアの胃~~」みたいな感じで。
そんな使い方をしてると、父が「…娘がババアなら俺はクソジジイだよな~~~」ってなって、なぜか『父』から『ジジイ』にシフトしてしまったんですよね。
意味わからんけど。
まじで意味わからん。
で、なぜか唐突に、「もうパパって呼ばないでほしい。○○(自分で考えた「ジジイ」と自分の名をかけたあだ名)って呼んでくれ」となり、父は本当にジジイになった。
(突然呼び方を変えたのは他にも理由があったんですが、それはまた別の機会に)

 

でも、バカみたいだけど、これが本当に『頑固期』を抜けたきっかけになったんですよね。
『父』から『ジジイ』になったことで、父の中で「自分ができないことは娘に任せよう、娘の言うことちゃんと聞いてみよう」となった気がします。

我が家の場合は『情報を得る』という分野に置いて、すべてを任せてもらえるようになりました。

この『情報を調べる力、精査する力は子供の方が上である』というのを認識してもらえると、すごく楽になります。
「これは○○だよ」とか「これは○○したらいいんじゃない?」というアドバイスを受け入れてもらえるようになりました。
これだけで全然違う。会話になる。

ここで『頑固期』から『高齢子供期』になった気がします。勝手に命名してますけど。
もし専門的な言葉があったら不勉強で申し訳ないです。

 

今は正直、家ではもう大きな子供だと思って見ている部分もあります。
説明書を読めた時や、ビンの蓋を開けられた時に、「すごい~~~!」と褒めると喜びます。子供だ。
服のコーディネートが良かった時や、おしゃれな料理が出てきたときに「やるじゃん~~~!!」と褒めると喜びます。
「まだまだやれるぞ~~!」とガハハって笑っています。

もしかしたらこの我が家の父は「ジジイ亜種」みたいな感じで、ちょっと単純で扱いやすい個体だったかもしれないけど(書き方)、たぶんうまく接してあげれば、時間をかけて、だんだんと自分が老いてきたことや、子供に任せた方がいい分野がわかってきたりして、丸くなるんじゃないかなぁと思うんですよね。

 

友人父はコロナで余計に神経質になってしまっているようで、「ノンアルコール除菌でも除菌って書いてあるんだからコロナに効くだろ!!」といって何を言っても聞く耳を持たず、除菌商品やら使わない衛生商品やらをあれこれ買い漁っているようです。
き、効かないんだよなぁ…ノンアルコール除菌…。

ちなみに、先日父もノンアルコール除菌のウェットティッシュを買ってきて、「遠征に使え!」と渡してくれたんですが、「これはコロナに効かないんだよ!」と説明すると、「な、なに~~~!?」と一通り説明を聞いたあと、自分が使っている台所用の除菌アイテムを持ってきて「俺のやつはコロナに効いてるから大丈夫だな!」とほくほくしていました。
うんうん良かったね。ジジイがしあわせそうでBBAもしあわせですよ。

 

がんばれ友人…とその母。あなたの父や旦那も、いつか唐突に『ジジイ』にメタモルフォーゼしちゃう日がきて、ふにゃふにゃジジイになって丸く平和になるかもしれない。

 

 

今日はここまで。

それでは、またあした。

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