苦しくなる情報を摂取しすぎない

ゆるく生きる

こんばんは、るす子です。

 

この週末、叔母から電話があったのですが、びっくりするほどに暗い声。
ああ、これは不幸がありましたね、でもこのコロナの影響により通夜も告別式も出来ないとか、そういう話だ…と覚悟して話を聞いたら、なんと、日々のニュースを見て気分が落ち込んでいる、とのこと。
親族みな元気でした。良かった良かった。

で、話を聞いてみたら、まあ詳しいこと詳しいこと。
朝から晩までコロナ関係のニュースを見て、娘や息子からはネットから得た情報をもらってるんだとか。
政治の話から税金の話、医療崩壊について、マスクの話、自粛の話、ネットカフェ難民とか、困ってる居酒屋店主の話とか、主婦の話、保育士の話、DVの話、出てくる出てくる。
落ち着いてほしい。ちょっとわたしの話も聞いて欲しい。

 

情報の摂取しすぎです。話を聞いてみたら、斜め上に妄想もしすぎです。
『危機感を持って将来のことを考える』ことと、『最悪の結果ばかりを妄想して苦しくなる』のは全くの別物です。よしよし。落ち着いてほしい。まずは美味しいお茶でもいれて欲しい。

死ぬまでゆるく生きていきたいわたしが、情報摂取をするときに気をつけていることについて書くので、ちょっと聞いて欲しい。
ほんの少しでも、苦しくなりたくない人の参考になればいいな。ならなかったらごめんね。

 

情報に感情を乗せすぎない

まあ、叔母のしていることもわからなくないです。
不安だもんね、どんどん新しいニュースは入ってくるし、一日の感染者数とかも気になる。
地域によっては、一日でドンと感染者が増えたりもするから、気持ちはわかる。
でも、ニュースやワイドショーって、基本的に似たような内容です。
同じ映像やインタビューを何度も使いまわしたりもするでしょう。

その『繰り返し』目にする情報って、初見のときは情報として取り入れていくんだけど、2回目以降は少なからず自分の感情が乗っかったり、育ったりしてきます。

情報としてはもう取り入れてるからね、頭の隅っこで、別のことを考えたり想像したりする余地がある。
そこで『不安』とか『恐怖』とかを積み重ねてしまって、苦しくなってる人、いませんか。
状況を自分に置き換えすぎて、辛くなってしまっている人、いませんか。

テレビの向こう側で『不安』や『恐怖』を訴えている人に、感情が移りすぎてしまっている。
他人事だと思ってドライに見ろ、というわけじゃなく、その人が画面越しに語っている『不安』や『恐怖』はその人のものだから、それに同調して自分まで不安や恐怖に苛まれても、正直何にもなっていないのです。自分が苦しいだけ。
もし、自分に何かできることがあるなら、そっちの方面で動くべきで、ただただ画面の前で落ち込んで、鬱々と日々を過ごしていくことで生まれるものってないのです。

不安になりすぎるなら、淡々と、必用な情報だけを取り入れて欲しい。
それがちゃんと入手できているなら、テレビもラジオも、少し切っていいのです。

 

自分に必要な情報は何かを考える

とても不安になって落ち込んでしまっている叔母、実は緊急事態宣言が出ている地域には住んでいません。
感染者の数もとても少ない場所に住んでいます。子供も親族も、感染者が多い地域にはいない。

だから危機感を持たなくていい、というわけではもちろんないです。
予防して、買い物も控え、趣味の習い事の全てをお休みしている叔母の行動はすばらしい。
みんながこれくらいじゃないと、本当に感染って止まらないと思う。父よ、聞いていますか、あなたのことです。

 

でも、それなら、叔母を不安にさせている情報摂取はもう少し控えてもいいんじゃないか、と思うのです。
朝と晩にニュースを見て、初見の情報を得るだけじゃダメ?と。
いくら不安になっていても、苦しくなっていても、現状、夫婦揃って年金暮らしの叔母は、仕事を失ったわけでも収入が減ったわけでもなく、身近に感染者もいない。

「大丈夫だよ」とはもちろん安易に言えないけれど、それでも「そんなに不安になって落ちすぎないで」と思うのです。
この先はもちろんわからないけど、そこまでちゃんと十分に予防と自粛をしているなら、今できるのは落ち込むことじゃなくて『備えること』だと伝えました。
備蓄品とかの物資もそうだし、どういう情報を摂取すべきか、自分にはどんな情報が必要なのか、どんな嘘に踊らされるべきではないか、最善の行動は何か、今、幸運にも渦中にいない人間はそれを学ぶべきだと思うのです。

何でもかんでも取り入れてしまうのは苦しいよ。
自分のキャパを知って、受け止めきれない部分は少しよけておくことも時には必要だと思うのです。

 

…というか、仕事が全部吹っ飛んでるわたしの方が、実際まだ関わりがあるんだよなぁ。

「おばさん、元気出してよ、わたしなんて先月から仕事全部なくなったんだから~!」って、ガハハって笑いながら伝えたら、
「…なんか元気出てきたわ」

ですって。やったね。

 

たぶん、叔母は本人以上に不安に感じたり、危機感を持っている人がいなかったのかもしれない。
娘も息子も仕事は通常通りだし、それでもニュースから深刻な状況がどんどん伝えられて、目にも周囲にも見えないものが不安を増長させていたのかも。

仕事が全部吹っ飛んだ姪の話で少しでも気持ちが軽くなったなら良かったですよ。神経の図太い姪で良かったなぁ。
…というか、そんな不安が抱えきれなくて姪にも電話してきちゃうんだもの、よっぽど苦しかったんだなぁ。よしよし。

 

SNSから目を離す

これはSNSを使っていない叔母とは関係のない話なんですが、SNSに張り付きすぎているのも疲れます。
テレビ以上にいろんな情報が飛び交っているもの。
正直、わたしはテレビもそんなに信用していないけれど、それ以上に嘘やデタラメや又聞きも混じっている中で、自分が心配に思っていることばかりを調べてかじりついているのは疲弊します。
専門家じゃないとその精査すら出来ない情報なら尚更。踊らされすぎても疲れるだけです。ちょっと目を離しましょう。

といっても、調べちゃうんですけどね。わかるわかる。

 

あ、ハンドメイド作家的にもうひとつ。
日々どんどん、若くて才能に溢れた作家さんが出てくる中で、他人と比べて苦しくなるならそれも見ない方がいいです。
「この人は最近始めたのにすごく人気がある」とか「この人は売れてわたしは売れない」とかや~~めろやめろ~~。見るな見るな~~~。

「この人はこんなにうまいのに…」「なんでこんなセンスあるんだろう」って嘆いても、それはその人のセンスだから、真似したくてもできるものじゃないし、真似したら自分らしい作品ではなくなっちゃうから。
不安になるなら見るな見るな~~~!

そうやって苦しくなるくらいなら、自分の技術やセンスを磨いた方がいいです。
SNSに齧り付いて手を止めているくらいなら、売れるにはどうすべきか考えた方がいいし、何か一つでも作品を仕上げた方がいい。

 

ちなみに、最近わたしのTwitterのTLは突然ホットケーキやらクッキーやらパウンドケーキやらに溢れ始めました。
…みんな、やる事ないとお菓子つくり出すの可愛くない?なにそれ、わたし絶対やらないんだけど。
女子力とかじゃなくて、生きる力がすごい。
空いた時間を、ハッピーなものを作って乗り切ろうとする力がすごい。みんなありがとう、最近ずっと目が美味しい思いをしている。パウンドケーキ食べたいです。

 

自分が苦しくならないSNS環境を作るのも大事だなって思いました。
なんか元気が貰える人ばっかりをフォローしてると、こういうときも最高に元気が出ます。

 

まとめ

まあ、結局ここまで書いたけど言いたかったのは、『苦しくなるならテレビもラジオもネットからもちょっと離れて』ってことです。
お酒も甘いものも過剰摂取がダメなように、情報も摂り過ぎはダメ。疲れちゃうから。

体や心が疲れているとき、感じる不安って健康な時より何倍にも膨れ上がってきます。
些細なことでもすごく不安に感じたり怖くなったりする。
それはとても苦しいから、まずは自分が元気でいることが大事です。体も心も。
おいしいお菓子を食べよう。好きな音楽を聴いたり、本を読んだり、映画を見たりしよう。
なんなら寝ちゃおう。昼寝をしたり、猫をもみもみしたりしましょう。

 

 

今日はここまで。
それでは、またあした。

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